情熱に生きた女流歌人・額田王
凛として気高い表情
■「いにしへに恋ふらむ鳥はほととぎすけだしや鳴きしわが念へるごと」
(ホトトギスは昔を思って鳴くそうです。あの人の事を思う私のように、きっと激しく鳴くのでしょうね。)
天智(てんじ)、天武(てんむ)の両帝に愛され、恋に生きた歌人、額田王。しかし、二人の崩御(ほうぎょ)後、一人隠棲したと伝えられます。この歌に浮かび上がるのは激しい恋の日々を偲びつつも、誇り高く、凛として生きる女性の姿。現代博多人形界で確固たる地位を築く女流人形師、川崎幸子氏の代表作『額田王―いにしへ』です。
■川崎氏は、博多人形四百年の伝統を今に受け継ぐ、国指定の伝統工芸士。博多人形新作展では平成元年に続き、平成十八年も内閣総理大臣賞受賞の栄誉に輝くなど、数多くの受賞歴を誇ります。特に、『万葉集』など古代を題材にした作品では、他の追随を許しません。
色鮮やかに人形を仕上げる匠の技
金箔を使用した優美
な文様
■本作品は、川崎氏が特にお気に入りという会心の作。額田王は古今(ここん)最高の女流歌人であり、その歌は優麗(ゆうれい)にして格調高く、歌の域を越えて、人々の心を動かす呪術的な力さえ帯びています。
きりっと顔を上げて胸をはり、怜悧(れいり)な眼差しで前を見つめ、今まさに歌いださんとする堂々とした姿。女性ながら、時の権力者たちに一目置かれた誇り高き額田王の人柄が、見事に表現されています。
秘めた表情を語りだすような指先
■まず目を引くのは、驚くほど精巧な造形とあざやかな彩色です。穏やかな古代紫色と、高貴な金箔仕上げ が印象的な唐衣。その下の裳は、目の冴えるほど明るい黄蘗色(きはだいろ)。紺瑠璃色(こんるりいろ)の上衣の袖の折り目や、腕にかけた領巾(ひれ)の質 感、紕帯(そえおび)や沓の精緻をきわめた模様など、細部まで実にこまやか。
歌人として円熟の境地に達した額田王にふさわしい、深みのある上品さです。気品を湛(たた)えた素肌は透きとおるように白く、口にさした紅は高雅な毅然さを思わせます。端麗な指の形も、詠唱(えいしょう)する姿勢を写実的に表しています。
髪留めや耳飾り、一つ一つの紋様にまで緻密な金箔仕上げを施した輝かしい『額田王―いにしへ』。悠久の時を越え、華やかに甦る古代の大宮人(おおみやびと)まさに文学的な詩情と歴史のロマン、そして芸術性に満ちあふれた傑作です。