わが国の仏教における《第一の至宝》。
数多の栄誉に浴する現代の名匠が、神業というべき総手彫りの技で
総本山高野山金剛峯寺が誇る《国宝》そのものの尊厳を、見事に再現。
弘法大師空海の多大なるご威徳で、ご尊家を末長くご加護くださる傑作です。
密教の継承者を証する≪国宝≫
八角柱の外観はインドの仏塔
「ストゥーパ」を模したもの
■見るからに威厳あふ れる仏龕を開けば、なんと、釈迦三尊をはじめ、37尊もの御仏が集う荘厳な光景が…。持ち主を厚く加護し、隆盛に導くご功徳に満ちた壮大な仏界を、この仏 塔の中に納めるとは、まさに驚くべき彫技です。本作品こそが、密教の正統な継承者の証とされる国宝『空海枕本尊 諸尊仏龕』(くうかいまくらほんぞん しょそんぶつがん)です。
■西暦804(延暦(えんりゃく)23)年、真の仏教を学ぶために空海は遣唐使として入唐し、密教の第七祖 恵果阿闍梨(けいかあじゃり)に師事。自らの死を悟っていた恵果は、空海の人並み外れた才能を一目で見抜き、三千人を超す弟子の中から、空海ただ一人に密 教の全てと様々な霊宝を伝授します。
その霊宝の中でも、密教代々の伝承者の証である「諸尊仏龕」は、高野山開山を導いた「飛行三鈷杵(ひぎょうさんこしょ)」と並ぶ至宝。空海が寝るときも肌身離さず携え、礼拝したため、「空海枕本尊」とも称されます。
■37尊を数える御仏は、密教の究極の到達点である、仏と人との合一を表しています。外観はインドの仏塔「ストゥーパ」を模し、内側の装飾彫刻には古代インド美術の様式が見られます。一方、最下部の十神は中国の思想を反映しており、まさに天竺(てんじく)から唐、日本へと旅を続けた、三国伝来の重宝です。
空海最愛の名品を精緻に復刻
手にすれば木の温もりが伝わり
開けば仏心の境地へと誘われます
■遥かなる時と大海原を越えて日本に伝えられた国宝『空海枕本尊 諸尊仏龕』。2006年に記念すべき空海帰朝1200年を期して、歴史ロマンあふれる名宝を、現代の名匠が原寸大にて、精緻を極めて復刻しました。
■作者は人間国宝や世界的彫刻家を輩出した名門葉家の五代目 葉偉こん氏。名誉ある「高級工芸美術師」の称号を授与され、多数の受賞歴を誇る、現代木彫芸術の第一人者です。
空海と恵果阿闍梨の運命的な出会いに思いを 馳せつつ、至宝の謹刻に心血を注いだ葉氏。慈悲深いご尊顔のお釈迦様、満願成就を叶える観音菩薩、心の平安を導く弥勒菩薩(みろくぼさつ)、貴家を守護す る仏神や力強い金剛力士(こんごうりきし)…。
一尊一尊異なる御仏の活き活きとした表情や、しなやかな御指に至るまで緻密に刻み分け、しかも、全体的に調和した世界を見事に総手彫り。深い奥行が感じられるよう、後方の尊像を徐々に小さくするなど、総丈約23cmの空間の中に広大無辺な仏界を凝縮し尽くしたのです。
■葉氏自らが厳選した、最高級かつ天然無垢の黄楊材のみを用いて一木彫り。黄楊は年々生産量が減少し、小木が多いため、仏龕を一木彫りできるほどの黄楊材は実に貴重です。つややかで趣ある木肌に褐色の古色仕上げを施し、高野山の宗宝そのものの、奥深い風格を追究しました。
■空海が懐に抱き、就寝の床に置き、日々拝していた国宝『空海枕本尊 諸尊仏龕』。代々の家宝としてご愛蔵になれば、仏法の力でご尊家を手厚くご加護くださいます。作品背面に作者銘入り。桐箱に納めてお届け。
総勢三十七尊にも及ぶご尊像が織り成す荘厳な光景
本作品『空海枕本尊 諸尊仏龕』は三面開きの構造で、中には尊い仏や菩薩の姿が納められています。中央に釈迦如来、右に観音菩薩、左に弥勒菩薩の三尊、その周囲に居並ぶのは、比丘など釈迦十大弟子と諸菩薩。さらに釈迦如来の前には一対の金剛力士、下には樹神や火神などの十神…。総勢三十七尊もの御仏による、荘厳なる仏界を目の当たりにしてくれます。
密教の究極の目的は、自分の中にある悟りの要素「仏性」を見い出すこと。いわば本作品『空海枕本尊 諸尊仏龕』こそが、密教の悟りの境地を象徴的に表したものなのです。この仏龕を開けばいつでも、崇高なる仏界があなたの前に広がり、空海をより身近に感じることができるでしょう。
最下段 三尊を支える風神・竜神などの十神
左龕
弥勒菩薩と六尊像
弥勒菩薩とは慈氏菩薩とも呼ばれ、釈迦の入滅から五六億七千万年後に地上に現れ、すべての人々を救済されます。高野山では、弥勒菩薩が現れるとき、弘法大師空海も再びこの世に降臨するとされています。中央の弥勒菩薩がさらに六尊を従えた、「悟り」を象徴する仏界の光景です。
中央龕
釈迦如来の座像とその十大弟子
釈迦如来は仏教の開祖。紀元前のインドの王子でしたが、病に苦しむ人々を見て、身分を捨て出家。35歳で悟りに達し、仏教を開きました。「如来」とは不変の真理を悟り、人々を救済する仏の尊称です。そして、お釈迦様の弟子の中でも特に優れた10人が「十大弟子」。お釈迦様亡き後、世界に仏教を広めました。また、右前方に密迹金剛力士、左前方には那羅延金剛力士が侍り、お釈迦様を守護しています。
右龕
観音菩薩と六尊像
観音菩薩は観世音菩薩、観自在菩薩とも称し、全ての出来事を自在に見通す菩薩。人々の心の声までも聞き取り、あらゆる願いを叶えるため、様々な姿に変えて現れます。「菩薩」とは仏教の悟り、菩提を得た修行者の尊称です。さらに六尊の御仏が観音菩薩を囲む、「智慧」を象徴する荘厳な世界です。
聖水を持つ右龕の観音菩薩。
諸尊の性格まで彫り分ける細密彫りは葉氏の独断場
力強い金剛力士に重厚な蓮華座も精緻に復刻
威厳を象徴する獅子や、
仏法を守護する武神たちも実に写実的
最下段には、貴家を守護する風神や雷神、
災厄を祓う獣の姿をした仏神たちが
日本密教の祖であり、日本史上、最も絶大なる影響を残した偉人《空海》
日本文化に大きな足跡を残した
稀代の名僧・空海
偉大なる功績を残した僧侶のみに朝廷が贈る尊号「大師」、その名を頂く僧は歴史上わずか24名。中でも「弘法大師」の号を持つ空海ほど、広く名を知られる高僧はいません。
空海は幼名を真魚といい、讃岐国の豪族佐伯氏の子として、今の香川県善通寺市に生まれました。幼少より驚くべき才能を発揮し、18歳で都の大学寮に入学しますが、勉学に飽き足らず、仏道修行に入ります。室戸岬の洞窟で空と海だけを見つめる修行中、口に明星が飛び込むという神秘体験を得て悟りを開き、「空海」と名乗ります。
西暦804(延暦23)年、真の仏教を学ぶために空海は遣唐使として入唐し、密教の第七祖 恵果阿闍梨に師事。自らの死を悟っていた恵果は、空海の人並み外れた才能を一目で見抜き、三千人を超す弟子の中から、空海ただ一人に密教の全てと様々な霊宝を伝授します。その霊宝の中でも、密教代々の伝承者の証である「諸尊仏龕」は、高野山開山を導いた「飛行三鈷杵」と並ぶ至宝。空海が寝るときも肌身離さず携え、礼拝したため、「空海枕本尊」とも称されます。
密教の真髄を伝授したわずか数カ月後、恵果阿闍梨は入滅。空海はその遺志を継ぎ、日本に 帰朝し密教を伝えました。今から約1200年前のことです。その後空海は、総本山として高野山金剛峯寺を開き、平安京守護のために嵯峨天皇から東寺を賜 り、さらに天皇に潅頂を授けるなど、密教の祖師として活躍。全国を奔走し、人力では不可能と思われた満濃池の潅漑や、無数の霊場を開くなど、人智を超えた 力で数々の偉業を成し遂げました。西暦835(承和2)年、62歳で入定するまで仏教の興隆に尽力。その御遺言に「はるか後に弥勒菩薩と共に転生し、衆生 を救う」とある通り、まさに空海は私たち全ての衆生をお救いくださる、稀代の偉人なのです。
弘法大師が日々、枕元にて礼拝した名宝。日々、身近にお祀りください。
木彫芸術の名門・葉家五代目 高級工芸美術師 葉 偉こん
■日本の「人間国宝」にあたる中国工芸美術大師を輩出した、木彫芸術の名門葉家の5代目。1947年、木彫芸術の本場、淅江省生まれ。16歳から父親である中国工芸美術大師の葉潤周氏に師事。以来40年を越える経験を誇る、木彫芸術界の第一人者。
特に一人一人の表情を彫り分けた、躍動感あふれる群像に定評がある。江西省革命博物館収蔵の大作「井崗山」をはじめ、多数の傑作が国家や省の施設に展示される栄誉に浴す。名誉ある「高級工芸美術師」の称号を授与され、次代の人間国宝として世界的に評価が高まっている。近年は日本でも愛好家が増え、葉氏の作品はますます入手困難となっている。
■国宝『空海枕本尊 諸尊仏龕』は、葉氏が40年以上もの修行の末に体得した、彫技の全てを注ぎ込んだ木彫芸術の傑作。今回の復刻にあたり、葉氏は「諸尊仏龕」を研究し尽すだけでなく、空海や密教の教えを一から学びました。インドから中国、そして日本と、密教と共に旅を続けた「諸尊仏龕」。この至宝を最も愛した空海と語り合うように、葉氏は一刀一刀に思いを込め、試作を繰り返しました。こうして2年もの試行錯誤の末、ついに完成した国宝『空海枕本尊 諸尊仏龕』。すべての御仏の天衣や瓔珞、優美な光背まで、寸分の差もなく見事に再現。葉氏の神業をもってはじめて、「仏界の至宝」が現代に甦ったのです。